群馬で出会った自然や季節の花、文化遺産、つぶやきなどを写真で綴ります。
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2016年12月31日

大晦日♪



更新できないままに 大晦日を迎えてしまいました。
年が変われば更新できるようになるかも・・・と
淡い期待はあるのですが。。。
皆さん よいお年をお迎えください。
  


Posted by 風子 at 03:14Comments(2)日記

2016年12月09日

最近の雲♪


 12/5  14:33


      14:33


 12/8  15:05


      16:05
  
タグ :


Posted by 風子 at 05:36Comments(2)パノラマ生活

2016年12月03日

1日に見た雲♪


 碓氷川上空に見えた雲。 (拡大します)
 魚のような形で、しっぽのあたりは虹色でした♪ 
 彩雲?            12/1 14:42
  
タグ :彩雲


Posted by 風子 at 09:36Comments(2)パノラマ生活

2016年11月13日

妙義山の紅葉とコスモス♪


 久しぶりのブログ更新です。


 妙義ふるさと美術館に向かう道です。11/12


 カメラをセットして紅葉に見入る人、キャンバスに向かう人。。。


 荒々しい山肌を背景に背の低い可憐なコスモスが色を添えて…








 好みの風景を探すときだけは不調を忘れられます^^。
  


Posted by 風子 at 16:30Comments(4)*おすすめスポット

2016年10月23日

草津温泉駅跡を探して♪


 草津温泉街をぶらぶら歩き。。。  9/31
 行く先々に足湯があり、バスターミナル前にもありました。


   △草津温泉バスターミナル

ガイドマップに「草津温泉駅」とあったので鉄道の駅かと思いましたが、バスターミナルのことでした。



バスホームにはJRバス関東・草軽交通・西武高原バスなどが整列。


 1階には待合所・売店・食堂・観光案内所などがあり



草軽電気鉄道の「デキ12型」機関車が展示されていました。
カブトムシの愛称で親しまれたそうですが、なんとも可愛い模型です。大正4年(1915)から昭和37年(1962)までの47年間、草津温泉と軽井沢間の55.5kmを走り続けた草軽電鉄。走っているのを見たかったです。 


観光案内所で「草津温泉駅」のことをたずねると、駅跡の場所を教えてくれました。


リゾートマンションの建ちならぶ風景の中に小さな公園があり・・・


 公園の片隅に「草津温泉駅跡」の石碑がありました。よーく見ると、石碑の足元にはレールがあります。


  △石碑の裏面


   草津温泉驛は 長野懸輕井澤町と 群馬懸
   草津町を結ぶ草輕電氣鐵道 55粁241
   米の 群馬縣側始發驛として 大正15年
   9月18日に開業し 發展途上にある草津
   温泉の表玄関として多数の 浴客や地域住
   民の乗降を主体とし 硫黄薪炭等地元生産
   物の發送と 各種建築資材食料など 生活
   必需品の到着した懐しい驛でもあったが
   交通事情の変革により 昭和37年1月3
   1日同電鐵の廢線のため 37年間の営業
   を閉じた   
         昭和58年11月吉日

      草輕交通社友會 草津町有志 建立

 ▽浅間台公園

  


Posted by 風子 at 16:30Comments(2)*おすすめスポット

2016年10月14日

あんなか祭り2016♪


 市役所前の通りのお祭りモードにはビックリ♪    10/10
 

 お祭り広場では、ふたつのステージで踊りや演奏などがあり・・・


 以前から気になっていた「小俣獅子舞」をじっくり見ることができました。350年の伝統を守る獅子舞を、安中小学校の4・5年生が演じました。


 毎年、こころを込めて制作する山車飾りも見事です。


 屋根で走るのは赤備えの真田幸村さん?


 夕暮れ時、明かりが点った山車もきれいicon12
 

 6台の山車が入場して、式典準備完了です。
 

 △拡大します


 式典でのお祝いのことばに、観衆からも応援の声が飛び交います。
 「あんなか祭り」は、あったかくて素敵なお祭りでした^^。

▽小俣獅子舞(編集してあります)


▽お囃子の共演


▽安中市合併10周年記念事業・花火大会(部分です)

  


Posted by 風子 at 15:39Comments(5)*祭・イベント

2016年10月08日

志賀高原の秋♪


志賀草津高原ルート(国道292号線)の最高地点から少し下ったこのあたりには、アマチュアカメラマンが大勢いました。


 白樺の黄葉ははじまっていました。。。


 蓮池周辺の紅葉は色づきはじめ・・・
 

 以前 訪れたとき、見事な紅葉を見られたことを思い出しました。


 気温が高いので、紅葉もおくれているようでした。 10/4
  


Posted by 風子 at 16:26Comments(2)ミニ旅行

2016年10月02日

第16回鼻高展望花の丘コスモス祭りin16 ♪


 青空が待ちきれない人々の車が途切れることがありません。9/30


 今年は姿のよいヒマワリとコスモスが並ぶ畑が見られました。


 早咲きのコスモスは咲き終わっていましたが


 これから次々と咲きそうな感じ・・・
 

 コスモス祭りは10月16日まで開催されています。
  


Posted by 風子 at 17:25Comments(2)* 花の名所

2016年09月26日

やっと晴れ♪


 久しぶりの晴天icon12  9/25


 秋らしい雲に誘われて公園を歩くと・・・
 

 浅間山の右側に、小さな虹のような彩雲が見えました。


 散歩道のコスモスでも・・・和みます。。。
  


Posted by 風子 at 16:54Comments(2)日記

2016年09月19日

チャツボミゴケと太子線 ♪

 草津温泉の帰りにチャツボミゴケ公園を訪れました。 9/1


 遊歩道のすぐ脇に褐鉄鉱がむき出しになっていて、びっくりです。


 △褐鉄鉱の案内板

 かつてここは群馬鉄山と呼ばれ、国内第2位の生産量を誇る露店掘り鉱山で、最盛期には2,000人以上が従事し、昭和19年(1944)の操業開始から昭和41年(1965)の閉山までに約300万トンの鉄鉱石を産出しました。


 △当時の露店掘り風景(リーフレットより)借用)
 

 鉄鉱石は群馬鉄山から太子(おおし)駅までは索道(空中ケーブル)で運搬され、長野原~太子間には鉄道が敷設されていました。


 
その後、露天掘りの跡地はチャツボミゴケ公園となりました。
 チャツボミゴケは世界中のコケ類約18,000種の中でも最も耐酸性の強い特異な苔ですが、ここでは東アジア最大級のチャツボミゴケの群生が見られ、その環境や生態系が評価され、周辺の自然遺産(芳ケ原湿地群)とともに、平成27年5月、ラムサール条約に登録されました。


   以前はなかった、しっかりした木道が設置されています。
 

 チャツボミゴケが群生している穴地獄には、PH2.8の強酸性の鉱泉が湧出しています。


 この地には鉄鉱石でっできた底が見えないほどの深い穴があり、その中へ山の動物が落ちて死んだことから、穴地獄と呼ばれました。


  12月1日より翌年4月下旬までは冬季閉鎖となります。

 2012年のチャツボミゴケ公園はこちら
  


Posted by 風子 at 16:05Comments(2)*おすすめスポット

2016年09月11日

八ツ場ダムの展望台♪


 八ツ場バイパスを草津方面に向かって走っていると、左側のおそばやさんの裏手の高台に「無料展望台」と「やんば見放台」の看板が見えました。みほうだい?


 これが最近できた展望台のようです。 
   

 専用駐車場に駐車して坂を上ると・・・なるほど
 見晴らしのよい場所です。


 無料の双眼鏡も設置されていて・・・


 ふ~ん、ここがダムの本体ですか。。。




 △空から見た八ツ場ダム本体工事の状況
 

 △八ツ場ダムの概要


 八ツ場大橋方面から雨が迫ってきました。 8/30
  


Posted by 風子 at 15:47Comments(2)*おすすめスポット

2016年09月06日

夏の風景2016 ♪


 榛名湖にて 8/8


 台風一過 8/31
 

 

 散歩道で 8/31 


 





 中之条町にて 9/1
  


Posted by 風子 at 15:56Comments(4)日記

2016年08月25日

中之条町の市城砦 ♪


 渋川から353号線を中之条に向けて走っていたとき、
 小野上温泉を通過した先の崖の上に、チラリと六文銭
 が見えました。 4/8
 


 大河ドラマ「真田丸」人気で、こんなところにも六文銭?
 と、停車して見ると・・・ 
 「市城砦南部郭の出丸跡」という案内板に、砦の詳細な
 解説がありました。


 かつて渋川市村上に岩井堂砦(城)があり、市城砦は
 その支城だったようです。


 狭く急な坂道を這うようにして登ると、黒澤明監督の
 映画を思い起こさせてくれるような、柵をめぐらした
 手造り感いっぱいの櫓がありました。


 眼下には吾妻川が流れ、武田・北条・真田の争奪と攻防に明け暮
 れた戦国時代の雰囲気を味わうことができます。
 

 どうやら土地を所有する方が個人で復元されたようです。


 櫓には「危険なので櫓に登らないように」との注意書きがあります。


 完成したばかりのような砦跡でしたが、交通量が多く
 駐車場もないので、見学はくれぐれもご注意ください。
  


Posted by 風子 at 17:17Comments(2)■ 文化遺産めぐり

2016年08月17日

下里見町の「ぴんころ地蔵尊」♪


 下里見の信号脇にある看板です。
 錫杖が“串だんご”のように見えます^^。2016. 2.8


 参道の左右に並ぶ歌碑を詠みながら坂を上り


 鋭い目つきの狐さんにも挨拶して・・・


 里見城址の東、鬼門にあるのが城山稲荷神社です。


 本堂内部はこんな感じ。。。
 

 左手の長寿地蔵尊にピンピンコロリをお願いします。


 △ぴんころ地蔵尊(長寿地蔵尊)

 ピンピンコロリとは、健康長寿で亡くなる直前まで元気に活動し、
 寝込まず楽に大往生したいという意味だそうですが、つまり心
 筋梗塞などの心臓疾患による突然死のこと?
 男女とも長寿日本一の長野県(2003年のデータ)には、県内でも
 有数の長寿を誇る佐久市。薬師寺境内に、「ぴんころ地蔵」が建立
 されているそうです。
  


Posted by 風子 at 16:35Comments(2)■ 文化遺産めぐり

2016年08月06日

丹生湖の丘のひまわり畑 ♪


 丹生湖(にゅうこ)に沿ってクルマを走らせると、案内板の向こうに
 ひまわり畑が見えました。   8/5


 西側に駐車スペースがありますが、混雑時は足りない
 ようで、「丹生湖の駐車場を利用してください」と表示さ
 れています。


 妙義山を背景に、丘一面が黄金色に染められてicon12
 

 丹生湖を望むと、ひまわりは後ろ姿ですが。。。
 

 10年ほど前から休遊地を利用して育て始め、約3
 ヘクタールに20万本ものひまわりが咲いているとか。
 (参考:上毛新聞8/5の記事)


 見晴らし台には次々と見物客が訪れていました。
 入園料は無料。展望台利用料は有料(料金は「お気持ち」で)と
 市のホームページに書かれています。
 見事な風景に感謝しつつ、ペットボトルに硬貨を入れました^^。

 ▽ひまわり畑はこのあたり

  


Posted by 風子 at 15:49Comments(2)* 花の名所

2016年07月30日

きょうの雲♪


 久々に ハケで掃いたような すじ雲    11:17


                           12:59


  


Posted by 風子 at 13:19Comments(0)パノラマ生活

2016年07月22日

風になった人♪

 

 7月10日の朝 

 「イトスギ」ブログのruriri さんが亡くなりました。


 たまたま同じ頃の群馬への移住者としてし親しくなり、病に立ち

 向かう心の糧になれば・・・と、「イトスギブログ」の立ち上げに

 協力させていただきました。


 いく度か二人で出掛けた時のシーンが鮮明に想い出されます。

 少女のままの純真な好奇心と、心に響いたものに感動したときの

 すてきな笑顔を忘れられません。

 信じられないほどの農婦スタイルで、草花や野菜の手入れに

 いそしむ姿が今も瞼にやきついています。

 彼女からの、やさしくていねいに綴られたバースデーレターが

 遺され、その気持ちに対して何も答えてあげられなかったことへの

 悔恨と、深い喪失感にとらわれています。


 つらい闘病生活から解き放たれ、天国で安らかに眠る・・・

 というより、彼女は本来の姿を取り戻しあの唄のように自由な

 風になり、旺盛な好奇心で何かを発見して、おもしろがっている

 ような気がしています。

 また会える日が来ますように・・・

 しばらくはそちらでお待ちになっていてください。


  
 雨のお庭に言葉もなくたたずむと、彼女が好きだった白い花が 

 さびし気に雨に打たれていました。    (合掌)

  


Posted by 風子 at 10:20Comments(2)日記

2016年07月09日

真田氏ゆかりの松代城跡♪

大河ドラマ『真田丸』で、真田家ゆかりの地として注目されている松代城跡を訪ねた時の写真です。 (photo 2015.11.4)


 △太鼓門     
 松代城は千曲川を天然の外堀として武田信玄が築城し、信玄と上杉謙信が激突した川中島の戦いでは武田軍の拠点とされましたが、当時は海津城とよばれていました。
 真田幸隆(信繁の祖父)はこの戦いでの活躍が認められて、武田家の重臣となりました。
 その後、関ケ原の戦いで東軍についた信之は、昌幸(父)・信繁(幸村)と敵味方に分かれましたが、東軍の勝利により信之は上田城主になり、昌幸・信繁は高野山へ配流となりました。
 

△松代城跡の図


 △石垣と内堀
 元和8年(1622)、徳川家の命で上田から松代へ移封された真田信之(信幸)が松代城を中心に城下町を築き、真田十万石として信州最大の藩として繁栄しました。
 

 松代城は明治4年(1871)の廃藩置県までの約250年間、松代藩真田家の居城として使われ、城下には武家屋敷や真田家ゆかりの寺が多く見られます。


 △南の櫓門
 
 池波正太郎の『信濃大名記』には、元和8年(1622)8月、
幕府より国替えを命じられ、二ヶ月後に信之一行が上田城
を発って松代へ向かうときの様子は「三十余年に亘る真田
家の善政をよろこんでいただけに、やがて来る新しい領主
の治政に不安を抱く領民たちが、心から信幸を慕って沿道
に群れ集まり、別れを惜しんだ。」と描かれています。


 本丸跡は広場になっていて、桜樹などが植えられて
 散歩道としても最適な感じ。


 △当時の石工の技術の高さを物語る、ダイナミックに天然石を積み
 上げた野面積み(のづらずみ)の石垣。


 △戌亥隅櫓台
 石垣の上は展望台になっています。


 2004年(平成16年)太鼓門、堀、石垣、土塁などが
 復元され、松代城跡は2006年(平成18年)には日本
 100名城に選定されました。


 彼方に北アルプスの峰々が望めますが、左でとがって
 見えるのは鹿島鎗ケ岳かも。。。
   


Posted by 風子 at 13:27Comments(2)真田街道めぐり

2016年07月02日

麻苧(あさお)の滝で癒されて・・・♪


 △麻苧のつり橋

 国道18号線で碓氷峠鉄道文化村を過ぎると碓氷
 バイパスと旧道(中山道)の分岐点があります。
 左に入ると上りになり、坂の途中に麻苧の滝の案内
 板があり、左折して右に下ると奥に駐車場があります。


△つり橋にある案内図 (拡大します)


 △松井田町の町の鳥「オシドリ」と町の花「ウメ」
 

 つり橋を渡って左の森の方へ行くと 


 麻苧の滝への登坂道入り口があります。


 ひんやりとした空気が心地よく・・・ 


 滝に向かう道の左右に「あさを七滝七福人」が建立
 されていますが、おもいがけない場所に毘沙門天。


 あさを七滝は曽滝(そうだき)・祖滝・父滝・母滝・自
 行滝(じぎょうだき)・子滝・孫滝とありますが、たぶん
 これが自行滝。 


 ちょっと怖い場所もあります。。。 


山の翠(みどり)に染まったかのような不動明王像や


妙空夢童子・子之権現・摩利支天・明心霊神などの石像も。


 駐車場から15分ほどで父滝(麻苧の滝)に着きました。
 冬は凍結で知られる麻苧の滝です。母滝も姿のよい
 滝ですが、今回は水がなく流れが見られなくて残念。


 少し森に入っただけで涼しく感じられて、マイナスイオン
 たっぷりの麻苧の滝でした。             6/10

麻苧(あさお)の滝は、一名朝日滝とも呼ばれ、その源を丁須の西の
中間峰より発している。信越本線横川駅の南西方に位置し、鼻曲山
と鳩胸の間を流れ落ち、その高さは約40メートル、この断崖から麻
の簾を垂らしたような飛瀑から「麻苧の滝」と名づけられている。
この滝は、古くから山岳信仰の修験場として知られ、山中には数多く
の石仏が散在している。信越本線や国道18号線からも近く、裏妙義
の奇岩との映りもよく、増水時などの雄大さは格別なものである。
(安中市ホームページより)

◆麻苧の滝

  


Posted by 風子 at 17:19Comments(2)*地域の名所

2016年06月19日

岩櫃城本丸跡と岩櫃神社♪

NHK大河ドラマ「真田丸」で脚光を浴びている岩櫃山は標高802m。
ハイキングコースとして人気があるそうですが、200mあるという絶壁
を眺めただけで恐れをなしてしまい・・・山頂までは難しそうなので、
とりあえず岩櫃城本丸跡まで行ってみることにしました。   4/6


 岩櫃城本丸跡の表示板を目当てに走り・・・ 


 平沢登山口駐車場に着くと、県内外からの車でほぼ満タンでした。
 

 観光案内所で資料をもらって、ボランティアの方の親切な説明を
 聴いてから本丸へ向かいます。
 

 左は岩櫃城本丸跡、右は岩櫃山方面。「熊出没注意!」の表示板
 もあります。


 杉木立に囲まれた坂をダラダラ上り・・・


 広場のような中城址へ出ました。


 丸太で階段状に整備された登坂道を上り、ほどなく
 南側が開けた場所で休憩。


 堀跡らしい地形も見られます。


 15分ほどで本丸跡に到着しました。本丸跡までは
 意外に近く、ほっと一息です。

岩櫃城は14世紀頃築かれ、吾妻郡の政治・軍事の中心でしたが、
伝説的な城主として吾妻太郎の名が知られています。
戦国時代には難攻不落とされた山城でしたが、真田幸隆(幸村の
祖父)の攻略により武田信玄の支配下に置かれ、久能城(静岡県)・
岩殿城(山梨県)と共に、武田氏の三名城のひとつと言われました。
武田氏没落後は真田氏の城となり、昌幸・信之(信幸)と真田三代に
よる上州攻略の拠点となりましたが、元和元年(1615)、徳川家康
一国一城令により廃城となりました。


 案内所まで戻り、向かい側に「岩櫃神社」の表示が
 あったので立ち寄ってみました。


 △かつての天狗丸、正面の木立が岩櫃神社。

 岩櫃城は真田一族の忍者の基地だったといわれ、忍者を諜報機
 関として養成するのに、この天狗丸あたりが鍛錬の場および活動
 の拠点だったとか。。。  (参考:JR東日本「小さな旅」)


 △観光協会パンフレットの地図

大河ドラマ「真田丸」には、真田家の家臣として寺島進さん好演の出浦昌相(いでうらまさすけ)が登場していますが、出浦盛清(昌相)は真田昌幸・真田信之に仕え、真田忍びを統率して活躍した人物で、岩櫃城では最後の城代を務めました。



 △岩櫃神社

岩櫃城は真田信繁(幸村)が少年時代を過ごしたといわれる城だ
ということにもロマンを感じ、また、小説『真田太平記』に登場する忍
者忍びの活躍に胸をおどらせたことが想い起こされて、なんとも愉し
いひと時でした^^。

◆岩櫃城跡

  


Posted by 風子 at 16:40Comments(2)真田街道めぐり