群馬で出会った自然や季節の花、文化遺産、つぶやきなどを写真で綴ります。
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2012年06月28日

金井忠兵衛旅日記(7) ♪

 金井忠兵衛さんは1月2日に板鼻を出発し、2月27日に長崎着。
 3月2日に長崎を発ち、佐賀→下ノ関→山口→出雲大社→京都
 へと山陰道をたどりました。

 
  △4月3日の日野 野田村の記述

  板鼻十一屋六佐衛門こと
  野田金平を訪問し、ここに泊まった。
  
  この家は見かけより、中に入ると良い普請だ。
  酒肴品々 夕飯
  夕方、金平が帰ってきて、ふとり綿入れ
  ふとり袷(あわせ)、ふとりちゃはん、帯、単(ひとえ)羽織などを
  貸してくれて、我ら道中衣装、下帯まで、湯をかけ洗濯した。
  これより蚤(のみ)なしになる。
 (意訳)
  
   ふとり○○…寒い時期の着物には、どてらのように綿が入っ
   ていたので「ふとり」と表現したのでしょうか。
   旅籠の不潔な寝具などで、現代では考えられないような難儀
   が待ち受けていた長旅であったことが伺えます。 

   また、先に発った知人が道すがら、茶店の目に付く場所に名
   前を書いていたという記述が見られ、後続の旅人に無事を知
   らせていたようです。

   旅の途中で知人に手紙を出したり、おみやげの品を知人宅
   に飛脚便で送ったりしていますが、街道や宿場が整備され、
   飛脚による輸送・通信が盛んだったことが想像できます。

       * * * * * *

  いよいよ忠兵衛さんは中山道に入り、信州から上州へ向かい、
  松井田には、大勢の人や馬が迎えに来ていました。 
 
   
  △金井忠兵衛旅日記 最後の記述

  軽井沢の南つちや武介宅に泊まり
  峠 熊野権現様 信濃国と上野国の国境
  御宮 中央より国境なり、御師多し
  山中 茶やあり
  はんね石(刎石)

   (坂本から碓氷関所を通過して・・・)

  4月14日夜
  藤屋次左衛門泊り 三百文よし
  太郎五郎次、迎えの馬など松井田朝陽氏まで
  来る、そのほか、八本木あたりまで、大勢迎いなり

  安中  十五日めでたく帰宿なり。


  と、、、旅日記を閉じています。(完)


    参考:『金井忠兵衛旅日記』(あさを社) 
       編集/金井方平・監修/淡路博和



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この記事へのコメント
そうかー。
こんな長旅ともなると、無事を伝えることも大切なことですよね。
細かな日記を付けておいたのも、もしもの時に自分の足跡を伝えたかったのでしょうか。
人生の長旅にも必要な心がけかも知れませんね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎 at 2012年06月28日 18:40
>迷道院高崎さま

この日記は、旅先での旅籠の食事をこと細かに記述した
貴重な記録としての評価が高いようですが、読み進むうちに、
忠兵衛さんの他への目線もおもしろくなってしまいました。

たしかに、実生活での記録も大切ですね^^。
Posted by 風子風子 at 2012年06月28日 20:22
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金井忠兵衛旅日記(7) ♪
    コメント(2)