群馬で出会った自然や季節の花、文化遺産、つぶやきなどを写真で綴ります。
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2012年06月06日

金井忠兵衛旅日記(3) ♪



金井忠兵衛さん一行は1月6日は下の諏訪(下諏訪)に泊まり、
塩尻、なら井(奈良井)へ進み、薮原宿でのコメント。

 宮の越の内、字こいという一軒家の茶屋がある。
 おかねという24~5の女性がいて
 7~8年以前、木曽道中一の美しい女性と言われ
 今も美しい。
 あめの餅という名物ほか酒もあり、女性は酒も少しいける。
 この家は至って見苦しいので、女性が美しく見えるのだ。(意訳)


大井宿では
 いよいよ伊勢道に入り、2里ほど馬に乗ったが
 たいくつなので、馬の駄賃を残らず払って馬は返した。 
 『金井忠兵衛旅日記』編集/金井方平・監修/淡路博和(あさを社)


 12日目に名古屋に到着。
 忠兵衛さん達より7日前に江戸廻りで東海道を上って来た板鼻宿の
6人と合流し、17人となって桑名に向かいました。
 伊勢神宮に参拝してから、周辺の見学を終えて5人は松坂で分かれて京都へ。12人となった忠兵衛さん達一行は伊賀越えで奈良へ。
 吉野、高野山、和歌の浦を廻り、和歌山では7人が四国の金毘羅参りに向かい、5人となった忠兵衛さん達は大阪に向かいます。
 さらに大阪で3人が金毘羅参りに、残りの一人は松坂で分かれて
京都に向かい、いよいよ忠兵衛さんは一人で長崎に向かったのでした。

 江戸時代の旅は、見知らぬ土地に向かう不安があったのか団体で出かけるのが一般的だったようですが、昔も今も日本人はツアー好きなのかも。
 当時は伊勢参り、金毘羅参りはポピュラーのようですが、長崎まで行くことは珍しかったようです。
 一人になっても長崎に向かった忠兵衛さんの心意気やいかに。何が忠兵衛さんを駆り立てているのでしょうか。。。 

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この記事へのコメント
17人のご一行様でお伊勢参りとは、壮観ですねー。
1人になってからの行程も長く、途中援助はなかったのでしょうか?
Posted by 染太郎 at 2012年06月07日 10:14
>染太郎さま

次回に掲載できると思いますが、当時は総合旅行業みたいな
世話役がいたようです。

17人なんて、現代ならちょっとしたレンタカーが必要ですね^^。
Posted by 風子 at 2012年06月07日 14:52
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    コメント(2)