群馬で出会った自然や季節の花、文化遺産、つぶやきなどを写真で綴ります。
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2012年03月09日

安中市の友好市は「元助遺跡義士石像」が ご縁 ♪

 
 ▲向西坊入定窟/南房総市和田町(撮影:豊ちゃんさん)
 
 安中市と千葉県南房総市は友好市として交流が続いています。
 そのルーツは安中市東上秋間の元助遺跡義士石像(赤穂四十七士石像)にあります。

 上州秋間の百姓の長男に生まれた元助は義母を迎えた家庭になじまず家出し、伊勢参りの途中で浅野内匠頭の家来・片岡源五衛門に助けられ、赤穂で下僕として奉公しました。
 松之廊下刃傷(にんじょう)事件の後、浅野長矩は切腹、赤穂藩は改易となりました。
 元助は生まれ故郷の秋間村に帰り、剃髪して名を音外坊と改め20余年諸国を巡り喜捨を蓄えて、浅野長矩夫妻と四十七士の供養のために東上秋間にある岩戸山に石像を建立しました。
 その後、忽然と姿を消した元助は諸国を巡り、二度と故郷に姿を見せませんでしたが、房州和田浦長香寺(現在の南房総市和田町)に足を止めました。
 この地は徳川家宣の時代に浅野大学(浅野内匠頭の弟)が五百石を拝領して治めていました。向西坊となった元助は、この地の安泰を祈って洞窟に入り即身仏となりました。
 地元の方によれば、洞窟の中から鈴の音が聴こえていれば、住民が水と米を竹筒から洞窟の中に入れていて、約3年も念仏を唱え続けていたとのことです。
 ここを掘ったら災いがあると云われ、昔掘ったら本当に災いがあったそうです。 岩戸山のような感じで岩場に洞窟があります。今は訪れる人も少なく
なり、「安中市に生まれ・・・」と云う看
板はつる草に覆われているそうです。(秋間出身の豊ちゃんさんからの資料より ※3/10 追記:写真を提供していただきました)

 ☆花園集落では今も春には向西坊の遺徳をしのんで、この入定窟
  で供養祭を開いているそうですが、秋間の関係者も訪れているよ
  うです。
 ☆秋間では1964年(昭和39)から、南房総市和田町花園の方も
  参加して、3月に供養祭を行っているそうです。
   (忠僕元助の資料より)
 

 南房総市和田町花園の向西坊入定窟(こうさいぼうにゅうじょうくつ)は、近年ハイキングコースとして整備された花嫁街道の、黒滝の滝つぼの右上にあります。
 
 ◆ちばの観光まるごと紹介
 http://www.kanko.chuo.chiba.jp/kanko/2655/
 
  この寒さで開花がおくれている秋間梅林ですが
 「友好市・千葉県南房総市の物産即売会」というイベントがあります。
 ●日時 3月10日(土)
 ●時間 午前9時~午後3時
 ●場所 秋間梅林 第2休憩所



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