群馬で出会った自然や季節の花、文化遺産、つぶやきなどを写真で綴ります。
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2010年11月07日

和宮は替え玉(説)?

 『板鼻公民館生涯学習発表会』
 11月6日(土)、7日(日)にありましたが、、、
 雑事に追われていて気付くのが遅く、終了1 時間前に
 かろうじて古文書展示場の和宮資料館に…icon10


 上段の間ではお茶席が設けられていて、見学に来られた方達が
 お茶席を楽しむ姿が見られました。(↑ 2/22 撮影)

 板鼻の史跡などを教えていただい
 ている勅使川原四士男先生と、地
 域の歴史の研究家でもある方がお
 られて、いろいろとお話を伺うことが
 できました。
 和服姿の方や、お手伝いの方々が
 こまごまと立ち働く中、のほほんと“おうす”とお菓子を頂いている
 うちに、あっという間に閉会の時間に…。(↑皇女和宮資料館スタンプ)


 写真を撮る余裕もなく、資料館の後ろにある
 『月の宮ちゃこ姫さま』の石宮を1枚だけ…icon12

 和宮は降嫁の旅の途中、板鼻宿本陣到着後に初潮を
 迎え、そのいきさつをとどめる石宮。
 月のものを待ち望んだ宿場の飯盛女たちの心をささえる
 信仰の石宮だったと伝えられています。
 (板鼻史跡保存会資料より)

 で、有吉佐和子さんの小説『和宮様御留』でも有名ですが、
 「和宮は2人いて、大奥に入った和宮は替え玉だった」と
 いう仮説のもとに和宮は偽物だった的な歴史ミステリー
 番組が何度か放映されています。。。

 実際には家茂と和宮は仲が良かったといわれていますが、
 和宮の墓が発掘された時に、遺体が家茂の写真を持って
 いたのだそうです。

 一方で家茂の墓の発掘では、埋葬時に切られた女性の髪が
 見つかっているそうですが、DNAは和宮とは違うとか。
 当時は一夫多妻ですから、二人の仲が良くても、こうしたこと
 があっても当然かもしれません。
 和宮は、家茂埋葬後に髪を下ろした(切った)ので、納棺でき
 ないと考えられます。
 ストーリーとしては面白いのですが、歴史家の間ではこの説は
 否定的だそうです。

  


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この記事へのコメント
歴史ミステリーは、いろいろとあるものですねぇ。
今日、岩鼻監獄跡の見学をさせてもらったのですが、
巷間言われていた事柄が悉く覆されて、
いやはやどうもの連続でした(^^)
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎 at 2010年11月07日 22:16
>迷道院高崎さま

岩鼻監獄跡の見学と速報、お疲れ様でした。
実際に出かけて、専門の方にお話をお聞きするのは
大切ですね。
想像以外のものに出会えることが多いようです。
Posted by 風子 at 2010年11月08日 10:33
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和宮は替え玉(説)?
    コメント(2)