群馬で出会った自然や季節の花、文化遺産、つぶやきなどを写真で綴ります。
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2010年09月05日

板鼻・かけがえのない人々 ♪

「中仙道板鼻宿」の著者、川島一郎氏は板鼻にとってはかけがえのない方です。
≪川島一郎先生の略歴≫
先生は明治13年11月9日、群馬県碓氷郡板鼻町に生まれました。
板鼻小学校、前橋中学校、第一高等学校を経て、帝国大学政治科を
 卒業後、高等文官試験に合格し、
 神奈川県属、北海道および長野県
 理事官、山梨県警察部長、東京都
 日本橋および文京区長等を歴任し
 ました。
 昭和20年5月、仮の住まいを戦火に
 より焼失したため、郷里板鼻に帰住
 し、長く板鼻町議会議長として後輩
 を指導し、昭和35年10月22日逝去
されました。

昭和24年に「板鼻史跡保存会」が結成され、川島先生が板鼻町史の資料収集、執筆編纂に当たりました。多くの郷土史研究家や寺院に保管された古文書、旧家所蔵の重要資料などが役立ったと編纂の経過に書かれています。
↓苦心の執筆を物語る原稿
ご高齢にもかかわらず、時には炎暑の中を
実地の調査に出かけ、凍える寒夜に執筆し、
まったく昼夜の別なく全身全霊をかたむけて
詳細に研究され、遂に昭和35年、35集に及ぶ
大収録を脱稿されました。
町史の編纂ということでわずかな費用は出ていましたが、町村合併後は予算削減で打ち切られ、先生は私財をなげうって賄われたそうです。

また、町村合併後、計画通りに発刊ができなくなり、その一部を「板鼻昔物語」として発刊することにしましたが、その一部すら見ることなく、先生は35年秋、命の灯を燃やし尽くしたかのように、忽然として逝去されたのでした。
その後、ぼう大な原稿は十年余り著者のいない書斎に眠っていたのですが、勝手に持ち出して利用する人もいたそうで、散逸を恐れた同好の方々の努力により「中仙道板鼻宿」と名を改めて昭和47年4月15日に発行されました。

板鼻宿碑
 「中仙道板鼻宿」の著者
 川島一郎先生顕彰の碑
 現在は板鼻公民館の入り口にあります。
 碑の揮毫は作家の海音寺潮五郎氏です。

川島一郎先生の偉業と出版にかかわった多くの方々のご尽力に深く感謝して、記憶にとどめたいと思います。

(参考書籍:中山道板鼻宿・板鼻昔物語



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この記事へのコメント
先日、県立図書館で「板鼻昔物語」を見かけましたよ。

そうですかー、大変なご苦労があったんですね。
原稿を見ると、そのご苦労の程が分かります。
通り一遍では、出来ないお仕事だと思います。

世間には、ほんとに偉い人がいるもんですね。
のんべんだらりんとしている自分が、恥ずかしいです。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎 at 2010年09月06日 21:26
>迷道院高崎さま

そうですか、県立図書館にありましたか。

いやぁー、自分も元もとはすごーいナマケモノなのですが
我ながら、最近の私は別人じゃない?と思いたくなるほどの
変貌ぶりで・・・漢字だらけの書物と格闘しております。

先人の偉業に触れたことが刺激なのかも・・・^^。
Posted by 風子 at 2010年09月06日 22:13
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板鼻・かけがえのない人々 ♪
    コメント(2)