群馬で出会った自然や季節の花、文化遺産、つぶやきなどを写真で綴ります。
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2017年07月05日

塩原太助の玉垣と石燈籠♪

榛名神社の参道を上って行くと、売店のはす向かいに塩原太助が寄進した玉垣があります。

上毛かるたでは「ぬ:沼田城下の塩原太助」になっていますが、塩原太助は1743(寛保3)年、上野国利根郡新治村(現みなかみ町)に生まれているので、なぜ沼田?と不思議でしたが・・・・・・
群馬県発行のガイドマップに「江戸時代中ごろ沼田城下だった現在のみなかみ町の農家に生まれました。」とあり、納得しました。


                      (2014年5月撮影)
 看板には

 「塩原太助奉納玉垣
 文化5年建立(昭和60年より約180年前)

 塩原太助江戸へ出る時 当社に祈願を込め
 成功するや 御礼の為 崇敬者をさそひ
 奉納せられしもの」 とあります。

18歳の頃江戸に出た太助は、仕事も見つからず困っていたところを神田佐久間町の炭問屋・山口屋善右衛門に助けられ、住み込みで働けるようになりました。この恩に感謝して誠実に働き、本所相生町(両国)に店を出し、やがて成功し資産家となりましたが、道路改修や治水事業に私財を投じ、貧しい人や弱い人の救済を続けました。


    江戸本所 
 奉獻  鹽 原 屋 太 助  と読めます。
  
『江戸切絵図』で、塩原太助の店が載っていないだろうかと探してみましたが、手元の絵図では武家地ばかり。ようやくグーグル地図で、「塩原太助炭屋跡」の文字を見つけました。



両国の南側に流れる竪川(たてかわ)には、本所相生町に住んでいた塩原太助に因んで名付けられた「塩原橋」が架かっていいます。
太助が地元の人々に親しまれていたことがうかがわれます。


 (古い写真なので、案内看板がありません)

また、榛名町方面から榛名湖に向かうと、天神峠に立派な石燈籠があります。

天神峠の石燈籠は榛名湖を望む天神峠の頂上に建てられています。文化12年(1815)に江戸本所の豪商塩原太助が寄進したとされ、高さ7メートル以上もあり、天神峠の絶景にふさわしい雄大なものです。本来は別の場所にあったが昭和57年(1982)に現在の場所に移設されています。塩原太助は、この石燈籠のほかにも榛名神社に数個の寄進を行っています。(高崎市ホームページより)

榛名神社に参拝してから江戸へ向かlった太助にとって、夜道は暗くどんなに心細かったことか・・・、立派な常夜灯は、峠を越える人々の道標になったことでしょう。

 ◇天神峠の石燈籠


≪参考≫
 サイト:落語「塩原多助一代記」の舞台を歩く
       


Posted by 風子 at 15:44Comments(2)■ 文化遺産めぐり