群馬で出会った自然や季節の花、文化遺産、つぶやきなどを写真で綴ります。
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2017年06月15日

碓氷馬車鉄道顕彰碑と「関所食堂」♪


 碓氷関所跡から碓氷峠方面に100mほど直進すると、
道路左に、「旧中山道 鉄道馬車路線」という目立たない
表示板があり、絵看板と顕彰碑があります。
  ▽



 △碓氷馬車鉄道由来

 太平洋と日本海を結ぶプロジェクト実現のために
 横川~軽井沢間は550mの高低差がある難路線で、
 多くの困難に遇いながら馬車鉄道を実現したことは
 日本鉄道史に残るものだと解説されています。
 

 △碓氷馬車鉄道顕彰碑 うすいの歴史を残す会


 △碓氷馬車鉄道のあゆみ

碓氷馬車鉄道(うすいばしゃてつどう)とは、かつて官営鉄道横川線(現、信越本線)の横川駅前から、碓氷峠を越えた直江津線(現、しなの鉄道線)の軽井沢駅との間を連絡していた馬車鉄道である。
横川駅 - 軽井沢駅間には碓氷峠という古くからの難所があり、この区間は直線距離にすると10kmにも関わらず標高差が552mもあるなど、鉄道にとっては非常に急勾配となるもので、工事も長期にわたっての難航が予想された。
そのため、暫定的に両駅間を馬車鉄道によって結び、東京 - 直江津間の連絡と碓氷峠の鉄道敷設に要する資材輸送手段を確保しようと考えられた。これにより、国道18号上に線路を敷設することで開業したのが「碓氷馬車鉄道」である。
旅客、貨物が好調で車両も増備したが、急勾配、急曲線のため線路や車輪の摩耗も激しく、馬匹も2頭引きの上、片道2回交代するなど経費がかかっていた。 
2年後の1890年(明治23年)には鉄道庁が碓氷線の建設を決定。
元々暫定的な鉄道であったため、1893年(明治26年)にアプト式ラックレールを採用して同区間の官営鉄道線が開通すると、開通僅か5年で廃線となった。廃止後一切の資材を群馬鉄道馬車に売却した。(Wikipedia) 

ということで、碓氷馬車鉄道の歴史を学んだ後で。。。
おや、気になる看板が見えますが、ここは以前から
友人に推薦されていた関所食堂です。


 満席で外に行列ができていることがあります。


 懐かしい昭和の香りが感じられる、知る人ぞ知る名店だそうで・・・
 

 カウンター3席 テーブル2卓 小上がり2卓。


 麺類もおいしいけど、一度で友人推薦チャーハンの
 ファンになってしまいました。
 (写真撮影許可を頂いたのは2016年2月19日)

 
  △関所食堂駐車場と営業時間 
   群馬県安中市松井田町横川553-3

お客さんは高齢者が多い感じですが、碓氷峠を越えて
きたらしいレザースーツのライダーが大型バイクの
エンジン音を響かせて走り去るのを眺めることもできます^^。