群馬で出会った自然や季節の花、文化遺産、つぶやきなどを写真で綴ります。
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2015年10月05日

安中の芭蕉句碑(続)♪


  国道18号 原市の信号から北に向かう路地を行くと、左側に原市
 教会の塔が見えます。                       9/11


 △原市教会

 明治19年(1886) に原市、後閑、磯部の安中教会
 97名の信徒が分離、独立して創立した原市教会です。
 (参考:原市教会ホームページ)


 教会と背中合わせに原市赤心幼稚園があり、こども
 達の元気な声が聞こえてきます。 
 「赤心」とは天真爛漫さにあふれる心のことだそうで、
 開園してから110年という歴史ある幼稚園です。
 (参考:赤心幼稚園ホームページ)


 教会を通過して、ひたすらまっすぐの道の先に


 久昌(きゅうしょう)寺があります。
 以前、中山道を紹介したサイトに”久昌寺に芭蕉句碑がある”と
 いう記述を見たことがあり・・・


 境内を歩いてみましたが、芭蕉句碑らしき石碑は見当たりません。
 そこで、道路を隔てた墓域を探索。。。


 △榎下城主安中伊賀守忠清の墓
 この墓は誰が建立したものか、はっきりしたことは
 わからないようです。

 この辺りは榎下(えげ)城址だそうで、ここも一度は訪れ
 たいと思っていた場所でしたが、またまた偶然 遭遇し
 てしまいました。
 榎下城(別名/鶴巻城)は大永5年(1525)松井田小屋
 よりこの地に来た安中伊賀守忠清が築き、忠清の子
 忠政が永禄2年(1559)安中城を築いて移るまで、安中
 氏の拠点だったそうです。 


 △久昌寺の墓地にある芭蕉句碑(?)

 石碑の正面には戒名と明治四年未七月の建立とあり、
 墓石のようですが、裏面になにやら句が刻まれていま
 す。冒頭は「辞世」と読めそうですが、左下方に「松尾
 翁」の文字。途切れ途切れに読める文字では、残念な
 がら全体の意味がつかめませんでした。

 松尾芭蕉最後の句は
 「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」 ですが、違うみたい。

 そもそも、安中の芭蕉句碑に興味を待つことになるきっ
 かけを作ってくれたのがこちら▽です。
 
 ◆足跡を一つ二つ・・・歩いて行くと残ります・・・芭蕉句碑
   句碑の画像をお借りしました。


板鼻・鷹巣神社跡地の芭蕉句碑

 馬をさえ詠(ながむ)る雪のあしたかな
         貞享元年(1684)作 『野ざらし紀行』
  (予期せぬ雪の朝、一面の白銀の世界では、いつもは
  見慣れた馬の過ぎ行く姿も新鮮なものとして目に入ってくる。)
 ◆参考:伊藤洋のページ/芭蕉DB

 ☆芭蕉句碑の記事はこちらにも

 久昌寺  安中市原市2989

  


Posted by 風子 at 20:19Comments(2)■ 文化遺産めぐり